金属疲労が関与した大事故
1980年
北海油田の石油プラットフォーム「アレクサンダーキーランド」の転覆事故(構造体溶接部の破損)溶接部の疲労試験も点検も行っていなかった。
急に転覆したため212名中の123名が死亡した。
1985年
日本航空123便墜落事故(圧力隔壁の破損)
死亡者数は乗員乗客524名のうち520名にのぼる。
1989年
ユナイテッド航空232便不時着事故(エンジンファンの破損)部品を製造した直後から割れが進行していたにもかかわらず検査によって検出できなかった。
乗員乗客296人中111人が死亡した。
1994年
韓国聖水大橋崩落事故(鋼材接続ピンおよび溶接部の破損)検査によって溶接不良を確認していたにもかかわらず放置され、交通量の増大によって急激に疲労が進んでしまった。
橋を通行中の乗用車やスクールバスが巻き込まれ、32人が死亡した。
1998年
ドイツ高速列車ICEのエシェデ列車事故(車輪外輪部の破損)点検において検査基準値を越えた車輪の変形が検出されたにもかかわらず現場の判断によって問題なしと判定してしまった。
死者は101人に上り、ドイツの鉄道事故としては戦後最悪の大惨事となった。
2002年
中華航空機空中分解事故(圧力隔壁の破損)
この事故で乗員19名、乗客206名のあわせて225名全員が犠牲になった。
2007年
エキスポランド ジェットコースター横転事故(車軸の破損)
乗客3人が落下。うち、19歳の女性1名が頭を手すりに強打し即死。その他、男性4人、女性17人の合計21人が病院に搬送された。