技術分野

材料評価

技術レポート

JISを上手に使う

 先進技術の研究開発においても、製品の品質保証や不具合原因の検討に関しても、種々の工業材料に対する正確な知識が常に求められることは言うまでもありません。鉄鋼をはじめとする金属、樹脂、ゴム、セラミックなどに関する便覧、解説書は多数発行されていますが、その基礎となるのはやはり日本工業規格(以下JIS)だといえます。
 特に、海外での生産や調達が多くの分野で進展している現状では、海外の規格とJISとの対比が必要であるだけでなく、これまでの製品規格の再確認、再検討が求められることも多くなっています。
 材料の品質保証において重要なことは、『正しい材料はない。規格(仕様)に対して正しいかどうかが問題である。』との考えに立って、ここではJISの上手な使い方について述べてみたいと思います。

1.原本を見る

 JISを確認し利用する場合には、写真の様な財団法人日本規格協会が毎年発行しているJISハンドブックを用いることが多いと思いますが、これ以外に規格毎にJIS規格票(原本)が発行されていることは案外知られていません。重要な内容はJISハンドブックに記載されていますが、原本には、ハンドブックに無い制定(改正)の根拠などが書かれた“解説”や、“解説付属書”があり、審議した委員の構成や審議内容も述べられています。
 例えば、通常の金属材料のJIS規格では、設計上の参考となる引張強さや伸びなどの機械的性質が示されていることが多いですが、広範囲に使用されているアルミニウム合金ダイカストについては、「アルミニウム合金ダイカスト JIS H 5302:2006」では機械的性質については「受渡当事者間の協定による。」とあるだけです。しかし原本の解説付属書には、審議過程での機械的性質に関する調査結果が具体的な数値として示されており、参考になります。
 問題解決に悩んだときや、JISの規格の内容をさらに詳しく知りたいときには一度原本を見られることは、有益であると思います。

2.JISハンドブックを利用する

 もちろんハンドブックにも、実用上有効な点があります。鉄鋼材料の日本規格協会「JISハンドブック鉄鋼Ⅰ」(2011)では、巻末に鉄鋼記号の見方やステンレス鋼の用途などが参考として載せられています。この中で良く利用されているのは、「硬さ換算表」(SAE J 417)だと思います。鋼の硬さ測定法には、ブリネル硬さ、ビッカース硬さ、ロックウエル硬さ、ショア硬さの四種類がありそれぞれ使い分けられますが、この表はそれぞれの硬さ同士の換算値を示したものです。さらに、ある硬さに対する引張強さが近似値として示されています。引張強さは材料の機械的性質の代表的なものですが、費用や時間などで引張試験が難しい場合は、硬さから引張強さを推定することはしばしば行なわれます。その際に推定の根拠となるのがこの換算表です。これはSAE(Society of Automotive Engineers 自動車技術協会、アメリカ)から引用されているものですが、JISハンドブックに載せられていることがこれまで大きな信頼を得てきたと思います。
 この他にも外国規格との比較表や機械構造用炭素鋼、合金鋼の熱処理と材料特性なども参考になります。

3.JISの限界を知る

 JISの作成や改正は学会、行政機関、業界の代表者が委員会を作って審議されているわけですが、そこにも敢えて言えば限界があります。例えば、鉄鋼材料で最も広範囲に使用されている材料である一般構造用圧延鋼材のSS400(JIS G 3101)では、化学成分として燐(P)と硫黄(S)の成分規格が何れも0.050%以下となっています。P、Sは多くの場合鉄鋼材料の性質に悪い影響があるので、その量はできるだけ低く抑えるのが一般的であり、現在国内で流通している鋼材では最大でも0.030%以下、普通は0.020%以下です。
 この例のように、規格の上限値と実際のレベルに差があることは少なからず存在しますが、国内では大きな問題とはなりません。しかし、海外調達品にそのままJISの規格を適用する場合には問題を生じることも考えられます。すなわちSS400だけの材料規格の規定では、P量やS量が0.050%に近い鋼材であっても規格を満足することになってしまい、これまでの国内製の鋼材とは特性に変化が生じることが心配されます。また、この化学成分の規格はJISの鉄鋼材料では溶鋼分析、つまり製造業者が実施する溶解鋳造工程で採取された試料によるものと規定されており、鋼材から採取した分析用試料による製品そのものの化学成分値ではないことも注意すべき点です。
 材料のユーザ側ではJISを理解したうえで、製品として必要な特性から適用する規格の内容を十分に検討する姿勢がこれまで以上に求められているのではと思います。