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1. はじめに

 2020年は、新型コロナウィルスに振り回された1年でした。新しい生活や働き方を求められる一方で、新しい製品や技術も多く発表されました。スーパーコンピュータを用いた流体解析いわゆるCFD解析により、飛沫の拡散状況をシミュレーションすることで、感染防止への啓発と対策がテレビ等で度々取り上げられ、一般の方々にも広く知られる技術となりました。
 昨今、安全性の評価や作業環境の改善を目的に、同様のCFD解析のご依頼が増えています。ここでは、液化水素運搬船について、様々な水素関連機器を設置した貨物機器室と呼ばれる部屋を対象として、水素の拡散状況を予測するためにCFD解析を活用した事例をご紹介します。

※CFD:Computational Fluid Dynamicsの略

2.液化水素運搬船の貨物機器室の水素拡散解析

 川崎重工業(株)では、『カワる、サキへ』を掲げ、水素社会に向け様々な開発を進め、技術的な開発だけでなく、安全に取り扱うための検討(いわゆるリスクアセスメント)も行っています。昨年、図1に示す世界初の液化水素運搬船が話題になりました。ここでは船首に配置された貨物機器室内部の換気設計にCFDを適用した事例を紹介します。貨物機器室には、万が一、水素が漏洩した際に速やかに排出する換気装置が備わっています。水素は、メタンガスよりも着火しやすく着火後の燃焼速度が非常に速いため、試験による安全性評価が困難となります。このため、CFD解析を活用して安全性評価に必要な濃度や到達先を予測しました。

液化水素運搬船の貨物機器室
図1 液化水素運搬船の貨物機器室
3. CFD解析事例

 検討は、図2に示すよう簡易解析と詳細解析の2段階で行いました。簡易解析の目的は、より良い換気装置の配置検討、詳細解析の目的は、水素の濃度や到達先の予測です。水素の挙動を解析するためには、空気中に水素が拡散する状況を考慮する必要があります。さらに、水素が高速流となるため熱による影響も考慮する必要がありますが、CFD解析内部の物理モデルが増えること、水素濃度の空間分布を再現するため解析規模が大きくなるため準備と実行に時間が掛かります。そこで、換気装置の配置検討には室内構造を簡略化した上で、水素と熱の影響を含まない流体運動流れのみを取り扱い設計を進める手順を踏みました。
 両者の解析規模と解析時間には約10倍の差があります。簡易解析により最適配置を絞り込むことは、開発期間を短縮できる非常に有用な手段と言えます。以降に簡易解析と詳細解析の事例を示します。

簡易解析と詳細解析の概要
図2 簡易解析と詳細解析の概要

〇簡易解析

 取り扱うガスを空気のみとし、さらに計算時間を短くするため設置機器を簡略化した上で、最適な給排気口の配置を得るため多くの解析を実施しました。換気性能の評価には、空気の滞留時間を用いています。滞留時間とは、室内から室外(ここでは排気口)に排気されるまでの時間のことです。滞留時間が短いと換気性能が高いことになります。多くの解析を実施し貨物機器室の換気流れを把握することで、滞留領域が小さくなるよう換気用排気口を配置しました。図3-1に解析モデルと、結果の一例として換気用排気口位置の違う条件AとBの2種類を示します。条件Aで滞留時間300秒の空気(緑色の雲)が広く分布しています。一方、条件Bは同じく滞留時間300秒の空気がごく僅かになり、換気性能が優れていることが確認できます。

簡易解析:解析モデルと排気口を変えた場合の換気状況の比較
図3-1 簡易解析:解析モデルと排気口を変えた場合の換気状況の比較

〇詳細解析

 簡易解析で得られた最適な給排気の配置を基に、詳細モデルを用いて水素漏洩時の拡散・換気解析を行いました。図3-2に解析モデルと解析結果の例を示します。配管および機器だけでなく、流れに影響する対象物として配管のフランジや、その下のドリップトレイ、貨物機器室内のスチフナやリブ等を詳細にモデル化しています(図3-2左)。また、解析精度を高めるため、格子を多く配置した大規模モデルを用いました。参考としてメッシュ図を示しますが、格子線が多く全体的には、ほぼ真っ黒になります。(同じく図3-2左)。矢視Aに、漏洩箇所にクローズアップしたメッシュ図を示します(図3-2中央)。リブやドリップトレイ等のモデル化のためと、漏洩穴付近の高速流を再現するため、部分的に解像度を上げ細密化しています。評価の指標は、水素濃度や滞留時間および流線等です。解析結果から、漏洩した水素が換気空気とともに、速やかに排出されていることが確認できました(図3-2右)。

詳細解析:解析モデルと漏洩水素解析結果の一例
図3-2 詳細解析:解析モデルと漏洩水素解析結果の一例
4. おわりに

 近年、安全性評価や作業環境の改善を目的に、拡散・換気を目的としたCFD解析の需要が高まりつつあります。ご紹介した事例もその一つです。当部門では、今回ご紹介した室内(内部流れ)だけでなく、工場等からの排気拡散(外部流れ)の解析も実施可能です。
 最後に、コロナ対策のため、当社居室に於いて机間に空気が十分流れるように机の配置を検討したCFD解析の例を図4に示します。冒頭で述べたスーパーコンピュータの飛沫のCFD解析と同様、流れの軌跡や流速等を評価の指標としています。このように身近なものについても、換気・拡散のCFD解析を活用できます。
 当社では、豊富なシミュレーション事例を基に、CFD解析だけでなく目的に応じて様々な解析を実施しております。また、シミュレーションだけでは、解決できない課題については試験部門と連携してソリューションをご提案差し上げます。お困りの課題がありましたら、お気軽にお問い合わせください。

<ご参考>CFD解析を用いた居室の机配置の検討
図4 <ご参考>CFD解析を用いた居室の机配置の検討
(2021/8)
ソリューション事業部
設計ソリューション部 熱流動解析課
林田 潤
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