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2018年新春特別インタビュー:「人とロボットが織りなす輝ける未来を目指して」川崎重工業株式会社 精密機械カンパニー ロボットビジネスセンター長 橋本 康彦 常務執行役員に聞く
産業用ロボットのパイオニアとして
道場社長: 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。
本日は、川崎重工のロボット事業を統括されている、ロボットビジネスセンター長の橋本康彦常務執行役員にお話を伺います。橋本さんは1981年に入社され、これまでロボット一筋で歩んで来られました。
川崎重工のロボット事業開始50周年を目前に控えていますね。
橋本常務執行役員: はい、当社は1968年に日本で初めて産業用ロボットの事業を開始し、翌1969年初号機を出荷いたしました。悪環境や重労働からの解放と省人化を最大の使命とし、日本における産業用ロボットのパイオニアとして社会に貢献しています。現在では、主要顧客の自動車会社に対しては、例えば自動車の車体組立分野における高密度設置によるスポット溶接ラインの合理化や、超高張力鋼を使った新世代車体構造に対応する接合システムの開発に取組んでいます。また、3K作業(きつい、汚い、危険)である塗装についても、塗装ブースの小型化を目指した塗装ロボットシステムの開発を進めているところです。
道場社長: 川崎重工は、日本の基幹産業のひとつである自動車分野を長期間に渡り支えつつ、お客様のご要求に応えるための取組みを続けているのですね。
橋本常務執行役員: 私が入社した1980年台は、油圧式だったロボットの駆動方式が電動式に変わる節目で、モーターメーカーなども相次ぎロボット事業に参入してきた激動期でした。このような中、よりグローバルに製品を展開するため、1986年に部下と二人で米国に渡り、大手自動車メーカーが求める性能を満たすかどうか、製品の試験とお客様との折衝を繰り返しました。この試験は2か月に渡り、厳しいテストが続きましたが、その結果、テストに合格し、その後の受注につながりました。このお客様との取引は今も続いており、今も大きな収益源となっています。
スポット溶接ロボット「BX-100L」
【スポット溶接ロボット「BX-100L」】
道場社長: 自動車用ロボットに加えて、半導体用ロボットも川崎重工の重要な製品ですね。
橋本常務執行役員: はい。1997年に本格参入した半導体製造装置用クリーンロボットも、現在のICT社会を支えています。このロボットも私自身が企画・開発を担当した製品ですが、当初からシリコンバレーに赴任して、それこそ膝詰めでお客様のニーズを聞きました。そして、課題を頂いた翌日には何らかの提案を出すようにしました。自動車用システムでもそうでしたが、製品企画段階で、ぶれないところまで入り込むことが大切ですね。しかし、スピード感を失っていてはいけません。
道場社長: ニーズの見極めとスピードを両立させたからこそ、お客様からの強い信頼を獲得できたのですね。
橋本常務執行役員: そうだと思います。その後も、多種多様な半導体製造装置に適合するための改良を重ねることで、今では業界トップシェアを獲得するまで成長しました。
クリーンロボット「NTSシリーズ」
【クリーンロボット「NTSシリーズ」】
新たな市場に向けて
道場社長: クリーンロボットもそうでしたが、新しい分野への取組みに余念がありませんね。
橋本常務執行役員: ロボット市場の広がりは、市場への期待だけではなく、それに見合った新技術の投入が必須です。例えば、IoT技術を使ったロボットのメンテナンスサービス「K-COMMIT」も、新しい取組みのひとつです。このサービスでは、生産現場で働くロボットを当社サービスセンターと結び、常時・遠隔監視します。これにより故障時期の予測が可能となり、突発的故障を回避し生産設備のダウンタイムゼロを抑制することができます。また、お客様毎に異なるロボットの使用負荷に基づき適切なメンテナンス計画をご提案し、ライフサイクルコスト低減を図ることができます。
道場社長: ハードの高度化だけでなく、ソフト面からもお客様の生産性向上や競争力向上に貢献しているのですね。他にはどのような新しい取組みがありますか?
橋本常務執行役員: 近年、ロボットの安全に関する国際規格が改正され、この企画に適合したロボットが、各社から「人との共存・協調ロボット」として提案され始めています。これに対して当社も、人共存型双腕ロボット「duAro(デュアロ)」を開発しました。先程ご説明しましたように、ロボットの活用は、自動車産業から半導体や電子産業などへと広がっていますが、その導入先は大企業の量産型産業が大半です。特に、労働者が一番多い中小の製造業にはほとんど導入されていません。これは、「扱う製品のサイクルが短い」「安全柵が必要になるため、ロボットを置く十分なスペースが取れない」「ロボットが難しすぎて扱えない」などの理由からです。
人共存型双腕ロボット「duAro(デュアロ)」
【人共存型双腕ロボット「duAro(デュアロ)」】
道場社長: そのような課題を「duAro」が解決したのですね。
橋本常務執行役員: 「duAro」の開発にあたりましては、「なんでもできる」という発想ではなく、人間が行っている単純労働の置き換えに的を絞りました。「duAro」は人の両腕の動きをそのまま再現でき、人が行う作業を人一人分のスペースで簡単に置き換えることができます。また、エリア監視による速度低減機能などにより、安全柵を設けず人と共存できるようになりました。これらの結果、ロボット導入に伴う既存の生産ラインの大幅な変更が不要となり、従来のロボットなら、導入までに半年かかっていたものを、3日から1週間に短縮できるようになりました。これは産業界にとって画期的なことです。中小の工場では、製造期間が1か月のみという製品も多く、ロボット導入のネックになってきましたが、3日間でセットアップできて、かつ、他の製造ラインへの転用も可能ともなれば経営者も安心して投資できますから。
道場社長: なるほど、まさに革新的なロボットですね。お客様からの反響は如何ですか?
橋本常務執行役員: 電気・電子関連を中心に、これまでロボットを導入したことがない企業からも引き合いをいただいており、2016年度は1000台以上を販売しました。さらに、2016年4月から開始したレンタルビジネスにもたくさんの引き合いをいただいています。
熟練作業を自動化
道場社長: 先進国では高齢化が進んでおり、将来的な労働人口の減少が課題になっていますね。ロボットがこのような社会問題の解決に役立つのではありませんか。
橋本常務執行役員:その通りです。しかし、ロボットによる自動化はあまり進んでいないのが実情です。これは、「組み立て」や「研磨」など、「人の感覚」を使って作業する作業や、「鋳物」や「プレス品」など、「部品のばらつき」が大きい作業などへの対応が難しいためです。ロボットは、「ものを運ぶ」など決まった動きは得意なのですが、このような微調整を伴う熟練技能が必要な作業はお手上げなんですよ。
道場社長: 新たな取組みが始まっているとお聞きしましたが。
橋本常務執行役員: はい。昨年末に発表した新ロボットシステム「Successor(サクセサー/継承者)」です。
このシステムは、遠隔操作ユニットを有しているのが特長で、それを使って遠隔操作でロボットを動かすことと、ロボットの自動運転を自由に組み合わせることができます。例えば自動車のシートを車体に取り付ける作業の場合、シートを車の近くまで運ぶ単純作業はロボットに自動で行わせる一方、繊細な微調整が必要となる取付け作業は、実際の人の作業と同じ動きをロボットを遠隔操作して行います。そして、熟練工が何度も操作を繰り返すことで、細かな微調整の作業などを人工知能(AI)が学習し、最終的には人が操作せずに自動で作業できるようになります。さらに、熟練者の操作を学んだロボットから、新人の作業者が操作を学ぶこともできます。
「Successor(サクセサー)」による熟練作業の自動化イメージ
【「Successor(サクセサー)」による熟練作業の自動化イメージ】
道場社長: なるほど。「Successor」は、人とロボットがもつそれぞれの「良さ」を巧みに使いこなすシステムといえますね。
橋本常務執行役員: そのとおりです。「Successor」システムにより、従来、ロボットによる自動化が困難だった沢山の分野にもロボットがお使い頂けるようになります。私は、これからの高齢化社会への対応をロボットの大きな使命だと考えていますが、この「Successor」がその切り札のひとつになると期待しています。2017年度末に開催された「国際ロボット展」では、シミュレーションだけでなく、「Successor」実機を使ったデモを紹介しましたが、ご覧頂いた皆様からは、”「Successor」はロボットの「あり方」そのものを変えていくのではないか”、と大変嬉しい評価を頂きました。
道場社長: 人とロボットの分業の在り方が議論されるようになってきましたが、これに応える川崎重工の一つの提案と言えますね。
医療分野への挑戦
道場社長: さらに将来に向けた挑戦が始まっていますね。
橋本常務執行役員: 社会の高齢化に伴い、介護者や医師が圧倒的に不足していくでしょう。これに対して当社は、2013年にシスメックス株式会社様と合弁し、医療用ロボット事業会社「株式会社メディカロイド」を設立し、二つの取組みをスタートしました。一つは、アプライドロボットと呼ぶ産業用ロボットの技術を応用した製品です。医療に転用できるロボット技術はたくさんありますが、技術と社会ニーズが合致すれば医療の進歩に大いに貢献することができます。2016年度には、ハイブリッド手術用ロボット手術台「Vercia(ヴェルシア)」を製品化しました。これにより、従来は別々の部屋で行っていた「血管内治療」と「外科的手術」を一つの部屋で同時に行うことができるようになり、患者様のQOL(Quality of Life)向上に貢献します。
もう一つの取組みは、手術支援ロボットで、2019年の製品化に向けて開発を進めています。この製品により、手術時の鉗子や内視鏡などの器具操作にかかる医師の負担を軽減することはもちろんですが、なにより人の手で行う腹腔鏡手術では届かない部位へのアクセスも可能となり、微細な動きをやり易くなることで手術成績の向上が顕著となりました。
道場社長: 医療分野というと、従来の工業分野とは全く異なる世界のように思いますが。
橋本常務執行役員: ある方から「川重さん、本気ですか?」と言われました(笑)。確かに、安全性の確保や認証取得など多くの障壁がありますから、もっともなご質問だと思います。しかし、「私の残りの人生をかけます」と答えました。
ロボット手術台「Vercia(ヴェルシア)」
【ロボット手術台「Vercia(ヴェルシア)」
道場社長: そのような情熱はどこから生まれるのでしょう?
橋本常務執行役員: 私の父は精神神経科の医者でした。また兄も小児科医です。このような家庭でしたから、いつか自分も人の命を救う仕事がしたいと思うようになりました。でも気持ちだけでは実現はできません。ロボット手術台の開発に当たっては、医療関連の施設や機関を100件は回り、実際の操作者である看護師や麻酔科医、脳神経外科医の方々のご要望を徹底的に調査しました。
人とロボットが織りなす輝ける未来へ
道場社長: 斬新な発想と行動力でロボット事業を牽引されている橋本さんの姿から、会社では「川崎重工のスティーブ・ジョブズ」と呼ばれているとお聞きしましたが。
橋本常務執行役員: 大変光栄ですが、本家の足元にも及びません。とんでもないですよ(笑)。でも、自分でも根っからのロボット好きだとは思います。子供の時は鉄腕アトムに夢中でしたし、ノートはロボットの落書きでいっぱいでしたから。
今後、中国などを筆頭にロボット市場は著しく成長していくでしょう。また、今までロボットによる自動化が進んでいなかった分野も数多く残っています。私たちは、人とロボットの共存・協調に代表される新技術・新製品の創出をさらに推し進め、お客様や社会のニーズに応えていきたいと思います。
道場社長: これからも、人とロボットが織りなす輝ける未来を目指して、川崎重工のロボットが益々社会に貢献することを楽しみにしています。
本日は、どうもありがとうございました。
橋本常務執行役員: こちらこそ、どうもありがとうございました。
(2018年正月)

橋本 康彦 氏(はしもと やすひこ)

川崎重工業株式会社 精密機械カンパニー ロボットビジネスセンター長
常務執行役員
東京大学工学部卒業、1981年 川崎重工業株式会社入社。
2012年 精密機械カンパニー ロボットビジネスセンター長。
2013年 執行役員、2016年 常務執行役員。
2013年10月から、株式会社メディカロイド社長を兼務。