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55号インタビュー つぎの社会へ、信頼のこたえを 川崎重工業株式会社 技術開発本部長 中谷 浩 取締役常務執行役員に聞く
写真 中谷氏と熊本社長
Kawasakiグループビジョン2030・事業方針
熊本社長: 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 本日は、川崎重工グループにおける研究開発を支える技術開発本部のトップを務められる中谷浩取締役常務執行役員にお話を伺います。中谷さんは、2019年4月に技術開発本部長に就任され、技術開発本部(以下、技開本)の先頭に立ち、川崎重工グループの将来に亘る企業価値の向上を目指しておられます。
 川崎重工は、本年で創立125周年を迎える歴史ある企業ですが、社会課題へのソリューションをタイムリーかつスピーディに提供し続ける企業を目指して、新たな事業方針を発表されました。
中谷本部長: 当社は、これまで多種・多様な分野で事業を創出・発展させ、時代をリードする数多くの製品を生み出してきました。しかし、昨今では地球温暖化対策などの喫緊の社会課題への対応を進めるなか、新型コロナ禍の影響により『リモート』などの新たなキーワードが要求されるなど、変化は劇的に早まっています。このような状況に立ち向かうために、新たにグループビジョン2030・事業方針(以下、ビジョン2030)を策定し、昨年11月2日に発表しました。
熊本社長: ビジョン2030の概要を教えてください。
中谷本部長: 核となるのは『社会課題に対するKawasakiのソリューション』で、これを実現するための事業体制と成長に向けたシナリオがそれに続きます。ここでは、既存製品の競争力強化はもちろんのこと、社会課題に対してどのような技術開発が必要になるかというマーケットインの発想を中心に据えています。取り組む具体的なフィールドは以下の3つです。

@ 安全安心リモート社会
A 近未来モビリティー(人・モノの移動を変革)
B エネルギー・環境ソリューション

@安全安心リモート社会については、PCR検査の無人化システムの開発とそれを使った事業などを提案しており、これらは当社が長年培ってきたロボット技術をコア技術とするものです。A近未来モビリティーに関しては、移動ニーズの変革に対してのベストソリューションを提供するために、ロボットとオフロード四輪や無人ヘリを組み合わせた新たな価値の創造を検討しています。Bエネルギー・環境ソリューションについては、当社が長年研究開発を続けている水素サプライチェーンです。将来的なテーマと考えて取り組んできましたが、地球温暖化対応への世界的な気運がここ数年で驚くほど高まっており、水素社会の到来も間近に迫っていることを感じます。
熊本社長: 新型コロナ禍ですべてが劇的に変化していますし、アフターコロナでもその変化は続くと感じますね。水素関連事業が収益の柱となるまでのロードマップはどのようにお考えですか?
中谷本部長: 水素をはじめとする新規事業が当社の収益を支えるまでには、まだ少し時間が掛かると考えますが、当初10年後に1,200億円になると見ていた水素事業は、コロナ禍による急激な市場環境の変化により、さらに前倒しされる可能性があると見ています。これら新規事業の中でもはじめにPCR検査事業が収益に貢献することになると見込んでおり、この事業の普及拡大によって人の往来が戻り、旅客需要も回復・拡大するでしょうから、主力の航空事業や車両事業も段階的に回復していくと見ています。
ビジョン2030の実現に向けた技開本の役割
熊本社長: ご説明頂いたビジョン2030を実現するためには、御社全体の研究開発を支える技開本での取組みがますます重要になると思いますが、どのような取組みをされていますか?
中谷本部長: ロードマップを実現するためには、足元の収益力の強化とコロナ禍後の成長戦略への取組みの両方に注力する必要が有ります。
足元の収益力の強化については、既存製品の強化が第一に挙げられます。これについては、従来から技開本の最も重要なミッションとして事業部門と一体となって取り組んできています。しかし、これだけでは不十分で、当社の事業基盤を強靭で効率的なものにすることが急務であり、それにはTQMによる業務プロセス改革とデジタル技術によるビジネス改革(DX)が不可欠です。技開本では、研究開発だけでなく、TQM推進やIT戦略・企画といった全社向けのサービス部門も擁しており、これらの部門が受け手から攻め手に変わって、全社の業務プロセス革新、デジタル革新を牽引しています。
コロナ禍後の成長戦略への取組みについては、ビジョン2030で説明した、@安全安心リモート社会、A近未来モビリティー(人・モノの移動を変革)、Bエネルギー・環境ソリューションの実現のコア技術となる、『脱炭素化』と『自律化・ロボット化』を技開本の取り組むべきテーマと捉えて注力しています。
熊本社長: 技開本の役割は大変重要ですが、運営において特に重視しておられることは何でしょうか?
中谷本部長: 兎に角、経営環境の変化が速いので、「スピードが価値を生む」という発想のもと、スピード感を最も重視しています。また、当社は多くの事業部門を有していますが、事業部門は日々白兵戦を行っており、周囲を見渡し連携して新しいものに取り組む余裕が有りません。そのため本社部門である技開本が事業部門の枠を超えた新しい製品・ビジネスの創出に取り組むことが重要と考え、注力しています。
熊本社長: 話を戻しますが、ロボット化と言えば、昨年8月に手術支援ロボットシステム「hinotoriTMサージカルロボットシステム」の製造販売承認を取得され、10月末にはロボットによる移動式自動PCR検査システムによる検査サービスに取り組んでいることを発表されていますね。
中谷本部長: はい。今後ますます遠隔操作あるいは無人化へのニーズが高まっていきます。これを実現するには「hinotoriTM」やPCR検査システムといった産業用ロボットの枠から飛び出した製品とそれを支える技術が必要となります。 川重テクノロジーさんには既存製品の強化やトラブル対応だけでなく、このようなロボット化製品においても多大なる協力を頂いて感謝しております。
脱炭素化に向けた水素活用
熊本社長: 菅総理が2050年までに温室効果ガスの排出『実質ゼロ』を宣言しましたね。これは脱炭素化ということですが、それには水素が不可欠ですね。
中谷本部長: 水素は利用時にCO2を排出しない究極のクリーンエネルギーなので、水素抜きには脱炭素化を語れません。当社では10年以上前から液化水素サプライチェーン(つくる、はこぶ、ためる、つかう)についての研究開発を本格化させており、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)より助成を頂き、本年には豪州と神戸の間でパイロット船とパイロット基地を使った液化水素サプライチェーン実証を行う予定です。
熊本社長: 液化水素サプライチェーン実証は順調ですか?
中谷本部長: はい。開発案件なので行く手を阻む壁は沢山ありましたが、プロジェクトがスタートした2015年度より大幅なスケジュールの遅延や事故も無く順調に進んでおり、パイロット船もパイロット基地もほぼ完成し、安全なオペレーションを行うための種々のテストを実施しています。
ただ、液化水素サプライチェーン実証は通過点であり、技術と製品をさらに成長させて間近に迫った水素社会へのスムーズな移行を支えていかなければなりません。
また、当社だけが船舶や基地といった機器を供給するのでは社会のニーズに対応しきれないので、ライセンスビジネスやコアコンポーネントの供給といったことも真剣に考える必要が有ります。さらには、水素を利活用したサービスやオペレーションといった分野にも進出していく予定です。
この分野でも川重テクノロジーさんにはご協力を頂いていますね。
液化水素パイロット船
【液化水素パイロット船】

液化水素パイロット基地
【液化水素パイロット基地】
豪州・神戸間でのパイロット水素サプライチェーン実証事業
(提供:CO2フリー水素サプライチェーン推進機構HySTRA)
将来を見据えて
熊本社長: ビジョン2030および技開本の運営方針を分かり易くご説明頂きありがとうございました。グループ企業の一員であり、技開本との関係が一番濃い川重テクノロジーとしては、目指すべき方向がよく理解できました。
中谷本部長: 技開本は、事業部門の依頼に従った活動から事業部門とともに歩む活動に変革してきました。今後もこの方向を推進していきます。そのように守備範囲を広げた活動にはより多くの人員が必要ですが、スキルの高い人を増やすことは容易ではありません。このため、従来技開本で実施していた業務の中で川重テクノロジーに担当して貰えるものを移管していって、両社を併せた守備範囲をより広く深くしていきたいと考えておりますのでご協力よろしくお願いします。
熊本社長: ご提案ありがとうございます。私たち川重テクノロジーも、技開本と密接に連携しながらともに歩んで参りたいと思います。本日は、どうもありがとうございました。
中谷本部長: こちらこそ、どうもありがとうございました。
(2021年 正月)

中谷 浩 氏(なかたに ひろし)

川崎重工業株式会社 取締役常務執行役員 技術開発本部長
1984年 大阪大学工学部卒業 川崎重工業株式会社 入社
2009年 技術開発本部技術企画推進センター技術企画部長
2016年 執行役員 技術開発本部副本部長 兼 技術研究所長
2019年 常務執行役員 技術開発本部長
2020年 取締役 常務執行役員
工学博士